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予測精度の向上のカギは“人間の知識”にあり
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SCM(Supply Chain Management)ソフトウェアの売り物の1つに需要予測がある。だが最近、将来の結果を予測できるというベンダーの主張に反して、正確な予測を行うことができなかったために、過剰在庫を抱えてしまったという企業が後を絶たない。そうしたなか、現在、CIOの最大の疑問となっているのが、果たしてコンピュータ・システムだけで正確に需要を予測することができるのか――ということである。本稿では、米国企業の取り組みを紹介しながら、需要予測システムの運用にまつわるさまざまな疑問について明らかにしたい。
ベン・ワーセン text by Ben Worthen
予測に不可欠なもの
家庭向けの芝やガーデニング設備を扱う大手販売会社スコッツでCIOを務めるスマントラ・セングプタ氏。氏は、市場動向をチェックする専門スタッフを編成して需要予測システムによるデータをバックアップするとともに、予測システムに入力するデータを可能なかぎり販売時点に近づけるよう努力している。 photo by Stephen Webster
大手スポーツ・メーカーのナイキが4億ドルの費用を投じて構築した需要予測システムの運用に失敗したことを同社会長のフィル・ナイト氏が認めたのは、今から2年半ほど前のことであった。その約9カ月前の新聞や雑誌には、「ナイキ、大規模需要予測システムを本格稼働! 適正在庫で経営強化へ」といった見出しが躍っていた。だが、下馬評とは裏腹に、システムがはじき出す需要予測データがきわめて不正確であったために、莫大な在庫償却処理に追われることになったことを、ナイキの最高幹部自らが認めるはめになったわけである。この発表が行われた2001年2月以降、同社の株価は急落し、ITを創造的に活用している先進企業という評価も地に落ちた。
だが、事はそれで終わりではなかった。その後、ナイキの株主が起こした訴訟の法廷文書を通じて、さらに衝撃的な事実が明らかになったのである。より正確に言えば、その法廷文書は、需要予測ソフトウェアの本質的な限界を白日の下にさらすものだったのである。同文書によると、ナイキの需要予測システムは、最新の需要予測ソフトウェアをベースに開発されたが、既存システムとの連携がうまくいかず、最終的に膨大な量の商品情報を適切に分析することができなかった。また、一部のデータは手作業で入力しなければならず、入力ミスを犯す危険性もきわめて高かった。そして何よりも、肝心の予測情報が的はずれなものばかりだったというのである。
ナイキは当初、システムが自動的にはじき出す予測情報を全面的に信頼していた。その予測に従って同社は「Air Garnett II」などのスニーカー商品を9,000万ドル分製造したが、売れ行きは非常に悪かった。その一方で、「Air Force One」などの人気モデルは、8,000万ドルから1億ドル分もの品薄となり、販売機会を逃してしまった。
こんな需要予測システムの恐怖を味わったのはナイキだけではない。米国には、需要予測ソフトウェアに多額の資金を投入しながら、ほとんど成果を上げることができないでいる企業がいくつもあるのだ。例えば、大手タイヤ・メーカーのグッドイヤーは、2000年半ばに需要予測システムを導入したものの、結局、在庫管理で目に見える成果を得られず、2002年の決算では前年を上回る赤字を計上することになった。
にもかかわらず、ベンダーや研究者たちは、現在も需要予測ソフトウェアを推奨し続けている。米調査会社IDCの調査によると、2002年だけで、企業は需要予測ソフトウェアやその他のサプライチェーン・ソリューションに190億ドルを支出したという。また、スタンフォード大学のサプライチェーン研究者ハウ・リー氏は、2003年2月に行った講演の中で、顧客の知識を引き出す機能を備えた需要予測ソフトウェアの導入メリットをしきりに強調した。
だが、CIOの多くは、ほとんどの需要予測ソフトウェアに対して懐疑的だ。事実、リー氏の講演に耳を傾けていた聴衆の間からは、「正確な予測を実現する能力について、ほとんど考慮されていない」という不満の声が上がっていた。また、最近、ブーズ・アレン&ハミルトンが196人の企業の上級役員を対象に実施した調査によると、サプライチェーン関連の技術は期待はずれだったという回答が全体の45%を占めた。また、回答者の半数以上(56%)が、使えないサプライチェーン技術として、需要予測ソフトウェアを挙げた。
このように、過去の厳しい経験から、CIOの多くは、コンピュータ・システムだけで正確な予測を行うのは不可能だということを認識している。その理由はさまざまだが、まず第1に、「需要予測システムは、入力されるデータの質を超える予測をはじき出すことはできない」という点が挙げられる。現在、企業におけるサプライチェーンは非常に複雑であり、データそのものがあまり正確でない場合が多い。そのうえ、ソフトウェアには未来を予測する能力がない。特に、経済や市場などの分野で突然起こる予想外の変化にはまったく対応することができず、人間が得意とするような合理的な分析や判断を下すこともできない。現段階における需要予測技術の能力は限定されたものであるため、ナイキのように人間の手で均衡と抑制を図るための制度を準備することなくこれらのシステムに依存してしまうと、確実にトラブルに見舞われることになるのだ。
家庭向けの芝やガーデニング設備を扱う大手販売会社スコッツのCIO、スマントラ・セングプタ氏は、「需要予測という言葉からは、何か科学的なものという印象を受ける。だが、人と、科学やプロセスとの割合に注目すると、人による判断に頼る必要のある要素が半分を占めていることが分かる。つまり、 ITによるアルゴリズムだけでは、会社を勝利に導くことはできないということだ」と語る。
優れた需要予測を実施するには、正確なデータと優秀なスタッフが必要となる。最新の販売データと販売時点(POS)の情報があれば、ほぼ確実に需要予測を改善することが可能だ。また、優れたスタッフを集めておくことによって、異常な予測結果が出た場合にもきちんとそれを理解し、コンピュータがはじき出した予測と実世界から感じ取る搏動とを照らし合わせながら予測結果をチェックすることが可能となる。
電力変換装置メーカー、バイコーでCIOを務めるダグ・リチャードソン氏は、「数学と統計だけで需要予測が可能だと考える人は、一面の真理しか知らない人だ。正確な需要予測を求めるには“人の知識”が欠かせないのだ」と強調する。
需要の“玉突き現象”が過剰在庫を生む
バイコーでCIOを務めるダグ・リチャードソン氏は、「当社は、コンピュータの予測データに依存しすぎた結果、大量の過剰在庫をかかえることになった」と振り返る。その後同社では、需要予測プロセスを、人的判断とシステムから成る2重の予測プロセスに切り替えた。 photo by John Soares
需要予測システムに用いられている数学理論は、今から75年ほど前に生まれた。第1次世界大戦後、初の需要予測システムを考案したイギリスの数学者ロナルド・フィッシャーは、需要のパターンを分析し、そのパターンに基づいて予測を行った。この研究から生まれた古典的回帰モデルは、今でも需要計画立案ソフトウェアのアルゴリズムとして同種のソフトウェアの約90%に採用されている。
回帰モデルとは、本質的に複数の変数に注目し、その間の関係を推論しながら、最終的にその結果を、上向きまたは下向きの傾向を示す曲線で図示したものである。この曲線を延長することによって、将来の結果を予測することが可能となっている。
だが、需要予測システムを開発しているKXENの米国担当技術ディレクター、ロブ・クーリー氏は、「精度の高いデータが存在し、なおかつ変数の間に潜在的な関係が成立しなければ、回帰分析を実行することはできない」と指摘する。フィッシャーの時代には、コンピュータの力に頼ることができなかったため、変数の数が少なく、データ・ポイントの正確さに十分に注意を払うことができた。しかし現在では、ITを活用して数百種類もの変数を扱うことも可能になり、それに対応してデータ・ポイントの数も大幅に増えているのである。
これらのデータ・ポイントのほとんどは、あまり正確ではなく、実際に起こっていることを推測するだけの内容でしかない場合も少なくない。メーカーが販売した商品を基に、消費者が購入した商品を推測するという作業が、その最も一般的な例と言えるだろう。つまり、小売店は、実際に商品が何個売れたかを知っているが、メーカーは、小売店が注文した数しか知ることができず、しかも両者の中間に存在する流通業者が、販売に関する情報の伝達をさらに混乱させているといったケースがきわめて多いのだ。
プロテクター・アンド・ギャンブル(P&G)の物流担当役員たちは、このような力学が需要計画立案にどのような影響を与えるかについて研究している。彼らはデータが販売時点から離れれば離れるほど、データの正確さが低下し、予測ミスが増えるという事実に気が付いたという。
その研究の中でP&Gは、消費者が同社の紙おむつ「パンパース」をかなり規則的なペースで購入しており、小売り業者からの注文もそうした事情を反映しているという事実をつかんだ。注文数は、相対的に起伏の少ない需要と連動しており、変動は緩やかである。だが、中間の流通業者がその緩やかな需要増に対して、商品の在庫数を増やすと、それがP&Gに大きな需要の増加となって押し寄せることになる。そうなると商品の生産数が増え、サプライチェーンの下流に向かって需要の“玉突き現象”が生じ、それが持続することになる。そして最終的に、サプライチェーンにかかわるすべての企業が過剰な在庫を抱えることになってしまうのだ。
POSデータ収集のメリット
需要の過大見積もりを避ける最良の方法は、小売り業者から直接得られるPOSデータを活用することである。POSデータは、消費の正確な尺度であり、予測の信頼性を高めるのに大きく貢献する。
前出のスコッツが需要予測を改善できたのも、POSデータを活用したからである。同社のセングプタ氏は、「POSデータの活用を開始してから、たったの1年で予測の精度を30%以上も高めることができた」と満足げに語る。
スコッツでは、POSデータを活用する前まで、ウォルマートやホーム・デポといった取引先ごとに商品の需要を予測していた。予測情報は、個々の取引先の発注数量を考慮し、それに天候など他の要因を結び付けることによって割り出されていた。だが、この予測方法では、上述した需要の玉突き現象が生じてしまうことや、注文が大量に入った場合に予測ミスを犯すと莫大な損失を招いてしまうといったおそれがあった。
それが現在では、それぞれの小売販路からPOS情報を収集することで、以前よりも予測が正確になったうえ、玉突き現象が生じる危険もほとんどなくなった。さらに、必要に応じて個々の小売り販路に対応した詳細な需要予測をはじき出すこともできるようになったという。このように、規模は小さいものの、正確な予測データを数多く集めることによって、スコッツは全体的に予測ミスの発生率を抑えることに成功した。
だが、実際には、同社のように取引先からPOS情報を得ることのできる企業は限られている。というのも、POSシステムによって製品レベルのデータを集めている企業が少ないうえ、ほとんどの企業がこれまで企業秘密としていたほどに貴重なデータを、外部の企業と共有することに消極的な姿勢を示しているからである。
とはいえ、より良いデータを入手し、それを需要予測の改善のために活用することがまったく不可能というわけではない。例えば、スコッツは、欧州の大口取引先3社からPOS情報を入手することに成功しているが、たとえそれがかなわない場合でも、次善の策を用意している。それが流通センターでの情報収集だ。セングプタ氏は、「我々は、できるかぎり最終消費地点に近い場所から情報を得ようと努力している」と強調する。この情報はPOSデータではないが、少なくとも製品の出荷先と、小売り販路に向けて実際に出荷された商品の数量を把握することは可能であり、従来の注文情報よりもかなり実数に近い(POS データに近い)情報であると言える。しかも、流通センターの出荷日は、スコッツの倉庫の出荷日に比べて、より最終的な販売時点に数日分近いため、ここで得られるデータは、最新の市場トレンドをより正確に反映していると考えることができる。
需要予測システムの精度を高めるために入手可能なデータは、ほかにもある。インペリアル・シュガーの副社長兼CIO、ジョージ・ミュラー氏は、「現在、取引先からの受注情報を、市場情報リポートと組み合わせて活用している。市場情報リポートのデータは、アトランタ地域のスーパーマーケットで売れた砂糖の数量などを示すもので、POSデータに代わる情報として活用している」と語る。このデータは、同社にとって少なくとも市場の現状を把握するための材料にはなっている。
市場の動きをつかむ
たとえ需要予測システムが、100%正確な情報を提供できたとしても、なお問題は残る。それは、過去の情報から未来を予測することはできないということだ。コンピュータが算出した予測情報は、過去のデータを使ってこれから起きることを想定するものであって、大きな市場の変化を予想する手だてとはならないのである。
カナダのスキンケア用品メーカー、ベルベデーレ・インターナショナルは、トロント市で重症急性呼吸器症候群(SARS)患者が発生してから1カ月の間に、手の消毒薬「One Step」を過去1年分以上販売した。当然ながら、このような事態を予測できるシステムは存在しない。したがって同社は、急遽他の製品の生産計画を修正し、One Stepの製造ラインを1日16時間、週6日間稼働させることによって、この需要の急増に対応した。METAグループの技術調査サービス担当副社長、ジーン・アルバレス氏は、「市場の変化を予測することは、天気を予報するのと同じだ。つまり、時折、予測モデルではとらえることのできない出来事が不意に発生する場合があるのである。消費者の味覚や需要においても同じことが言える」と指摘する。
限られた数の変数と正確なデータを使って行う需要予測でさえ、はずれることがある。予測というものは、「昨日妥当であったことは、明日も妥当である」という基本的な前提に立っているからである。一方、変化に関するデータは、その変化自体が発生した後でしか得られない。だからこそ、常に市場の動向を観察し、ビジネスの風向きの変化をいち早く察知できる専門のスタッフが必要なのだ。
前出のバイコーは、現在の景気後退が始まったときに、この専門スタッフの必要性を強く認識した。同社は2002年まで、1993年に開発した独自の予測システムを使用していた。同社CIOのリチャードソン氏は、このシステムのことを、「過去の販売状況を基に、直線的な予測を行うシステム」と呼ぶ。同社の幹部はつい最近まで、この自動予測システムだけを頼りに自社製品に対する需要を予想していたのだ。
リチャードソン氏は、「需要が堅実なペースで伸びていた1990年代には何も問題は起きなかった。だが、ここにきて事業が下降線をたどるようになると、需要予測システムに対する信頼も崩れてしまった」と振り返る。同システムは、景気後退を予測することができなかったのだ。同氏は、「未来が過去と異なる様相を呈したときに、きちんと機能してくれる需要予測ソフトウェアは存在しない」と断言する。
この挫折は、人間の知識を需要予測に織り込む必要性をバイコーに知らしめた。同社は同じような事態を繰り返さないために、販売部門のスタッフと 2002年にアップグレードした需要予測システムから成る、2重の予測プロセスを作り上げた。現在、人とシステムのそれぞれの予測は互いに補完し合っているという。
一方、スコッツは、バイコーとは若干異なるアプローチを採用している。同社は、コンピュータが作成した予測を、いったん予測計画立案担当スタッフに配布し、意見を求めることにしている。そこで、店舗や製品分野に精通しているスタッフたちが、それぞれの経験に照らしながらコンピュータが割り出した予測データを修正するのである。例えば、米国北東部の担当スタッフが、悪天候を理由に予測を下方修正したり、ある店舗で販売促進キャンペーンが計画されているという情報をつかんだスタッフが予測データを上方修正したりといった具合だ。
スコッツでは、計画立案スタッフが最新の情報にアクセスできるように、異例の措置を講じている。なんと、彼らが実際に取引先のオフィスで働くことを認めているのである。実際、ある特定地域のホーム・デポを担当している計画立案スタッフは、そのホーム・デポの仕入れ担当者と同じオフィスで働いている。同社CIOのセングプタ氏は、「計画立案担当スタッフを取引先企業の仕入れ担当者に密着させることで、両者の協力関係が深まる」と語る。
需要予測のあるべき姿
冒頭で紹介したナイキなど、需要予測で失敗してしまった企業の責任は、ひとえにITを過信した幹部たちにあると言える。
例えば、ナイキの株主が同社を相手取って起こしている訴訟の法廷文書によると、同社の役員たちは、深刻な間違いを犯したコンピュータの予測を再検討したり、意見を交換したりするための会議すら開いていなかったという。つまり、ナイキの経営陣はシステムによる予測に依存しすぎた結果、人間が抑制と均衡を働かせるという高レベルのプロセスを無視してしまったわけだ。このことは、膨大な過剰在庫を生み出す要因となった予測データの“誤り”に、役員たちが最後まで気づくことがなかったという事実が証明している。いずれにせよ、彼らが支払った代償は余りにも大きい。同社のスニーカー販売事業は、現在も1億 8,000万ドルの赤字を抱えており、株価も最盛期の3分の2にまで落ち込んだままである。
ナイキの事例は、ITベンダーが自社製品の先進性をいかに強調しようとも、結局、需要予測という仕事は、役員レベルで行うものであるという事実をあらためて認識させるものである。企業の役員ならば、コンピュータがはじき出した予測を再検討し、販売やマーケティングの責任者から上がってくる情報とどの程度一致しているのかを分析したうえで、それらの数字を承認する必要があるのだ。
電気通信機器メーカーのアルカテルでは、役員たちが定期的に会議を開き、コンピュータが示した数字と人間の知識を組み合わせて作成された需要予測を、さらに自分たちで分析して討議を行っているという。
同社CFO(最高財務責任者)のトム・バーンズ氏は、「需要予測に対して最終的な決定を下す会議には、私のほか、サプライチェーン、マーケティング、販売の責任者が加わる。意思決定には全員の承認が必要となる。なぜなら、ここでの判断に、我が社の命運がかかっているからだ」と、人間の判断の重要性を強調する。
関連トップページ:SCM/設計製造
SCM(Supply Chain Management)ソフトウェアの売り物の1つに需要予測がある。だが最近、将来の結果を予測できるというベンダーの主張に反して、正確な予測を行うことができなかったために、過剰在庫を抱えてしまったという企業が後を絶たない。そうしたなか、現在、CIOの最大の疑問となっているのが、果たしてコンピュータ・システムだけで正確に需要を予測することができるのか――ということである。本稿では、米国企業の取り組みを紹介しながら、需要予測システムの運用にまつわるさまざまな疑問について明らかにしたい。
ベン・ワーセン text by Ben Worthen
予測に不可欠なもの
家庭向けの芝やガーデニング設備を扱う大手販売会社スコッツでCIOを務めるスマントラ・セングプタ氏。氏は、市場動向をチェックする専門スタッフを編成して需要予測システムによるデータをバックアップするとともに、予測システムに入力するデータを可能なかぎり販売時点に近づけるよう努力している。 photo by Stephen Webster
大手スポーツ・メーカーのナイキが4億ドルの費用を投じて構築した需要予測システムの運用に失敗したことを同社会長のフィル・ナイト氏が認めたのは、今から2年半ほど前のことであった。その約9カ月前の新聞や雑誌には、「ナイキ、大規模需要予測システムを本格稼働! 適正在庫で経営強化へ」といった見出しが躍っていた。だが、下馬評とは裏腹に、システムがはじき出す需要予測データがきわめて不正確であったために、莫大な在庫償却処理に追われることになったことを、ナイキの最高幹部自らが認めるはめになったわけである。この発表が行われた2001年2月以降、同社の株価は急落し、ITを創造的に活用している先進企業という評価も地に落ちた。
だが、事はそれで終わりではなかった。その後、ナイキの株主が起こした訴訟の法廷文書を通じて、さらに衝撃的な事実が明らかになったのである。より正確に言えば、その法廷文書は、需要予測ソフトウェアの本質的な限界を白日の下にさらすものだったのである。同文書によると、ナイキの需要予測システムは、最新の需要予測ソフトウェアをベースに開発されたが、既存システムとの連携がうまくいかず、最終的に膨大な量の商品情報を適切に分析することができなかった。また、一部のデータは手作業で入力しなければならず、入力ミスを犯す危険性もきわめて高かった。そして何よりも、肝心の予測情報が的はずれなものばかりだったというのである。
ナイキは当初、システムが自動的にはじき出す予測情報を全面的に信頼していた。その予測に従って同社は「Air Garnett II」などのスニーカー商品を9,000万ドル分製造したが、売れ行きは非常に悪かった。その一方で、「Air Force One」などの人気モデルは、8,000万ドルから1億ドル分もの品薄となり、販売機会を逃してしまった。
こんな需要予測システムの恐怖を味わったのはナイキだけではない。米国には、需要予測ソフトウェアに多額の資金を投入しながら、ほとんど成果を上げることができないでいる企業がいくつもあるのだ。例えば、大手タイヤ・メーカーのグッドイヤーは、2000年半ばに需要予測システムを導入したものの、結局、在庫管理で目に見える成果を得られず、2002年の決算では前年を上回る赤字を計上することになった。
にもかかわらず、ベンダーや研究者たちは、現在も需要予測ソフトウェアを推奨し続けている。米調査会社IDCの調査によると、2002年だけで、企業は需要予測ソフトウェアやその他のサプライチェーン・ソリューションに190億ドルを支出したという。また、スタンフォード大学のサプライチェーン研究者ハウ・リー氏は、2003年2月に行った講演の中で、顧客の知識を引き出す機能を備えた需要予測ソフトウェアの導入メリットをしきりに強調した。
だが、CIOの多くは、ほとんどの需要予測ソフトウェアに対して懐疑的だ。事実、リー氏の講演に耳を傾けていた聴衆の間からは、「正確な予測を実現する能力について、ほとんど考慮されていない」という不満の声が上がっていた。また、最近、ブーズ・アレン&ハミルトンが196人の企業の上級役員を対象に実施した調査によると、サプライチェーン関連の技術は期待はずれだったという回答が全体の45%を占めた。また、回答者の半数以上(56%)が、使えないサプライチェーン技術として、需要予測ソフトウェアを挙げた。
このように、過去の厳しい経験から、CIOの多くは、コンピュータ・システムだけで正確な予測を行うのは不可能だということを認識している。その理由はさまざまだが、まず第1に、「需要予測システムは、入力されるデータの質を超える予測をはじき出すことはできない」という点が挙げられる。現在、企業におけるサプライチェーンは非常に複雑であり、データそのものがあまり正確でない場合が多い。そのうえ、ソフトウェアには未来を予測する能力がない。特に、経済や市場などの分野で突然起こる予想外の変化にはまったく対応することができず、人間が得意とするような合理的な分析や判断を下すこともできない。現段階における需要予測技術の能力は限定されたものであるため、ナイキのように人間の手で均衡と抑制を図るための制度を準備することなくこれらのシステムに依存してしまうと、確実にトラブルに見舞われることになるのだ。
家庭向けの芝やガーデニング設備を扱う大手販売会社スコッツのCIO、スマントラ・セングプタ氏は、「需要予測という言葉からは、何か科学的なものという印象を受ける。だが、人と、科学やプロセスとの割合に注目すると、人による判断に頼る必要のある要素が半分を占めていることが分かる。つまり、 ITによるアルゴリズムだけでは、会社を勝利に導くことはできないということだ」と語る。
優れた需要予測を実施するには、正確なデータと優秀なスタッフが必要となる。最新の販売データと販売時点(POS)の情報があれば、ほぼ確実に需要予測を改善することが可能だ。また、優れたスタッフを集めておくことによって、異常な予測結果が出た場合にもきちんとそれを理解し、コンピュータがはじき出した予測と実世界から感じ取る搏動とを照らし合わせながら予測結果をチェックすることが可能となる。
電力変換装置メーカー、バイコーでCIOを務めるダグ・リチャードソン氏は、「数学と統計だけで需要予測が可能だと考える人は、一面の真理しか知らない人だ。正確な需要予測を求めるには“人の知識”が欠かせないのだ」と強調する。
需要の“玉突き現象”が過剰在庫を生む
バイコーでCIOを務めるダグ・リチャードソン氏は、「当社は、コンピュータの予測データに依存しすぎた結果、大量の過剰在庫をかかえることになった」と振り返る。その後同社では、需要予測プロセスを、人的判断とシステムから成る2重の予測プロセスに切り替えた。 photo by John Soares
需要予測システムに用いられている数学理論は、今から75年ほど前に生まれた。第1次世界大戦後、初の需要予測システムを考案したイギリスの数学者ロナルド・フィッシャーは、需要のパターンを分析し、そのパターンに基づいて予測を行った。この研究から生まれた古典的回帰モデルは、今でも需要計画立案ソフトウェアのアルゴリズムとして同種のソフトウェアの約90%に採用されている。
回帰モデルとは、本質的に複数の変数に注目し、その間の関係を推論しながら、最終的にその結果を、上向きまたは下向きの傾向を示す曲線で図示したものである。この曲線を延長することによって、将来の結果を予測することが可能となっている。
だが、需要予測システムを開発しているKXENの米国担当技術ディレクター、ロブ・クーリー氏は、「精度の高いデータが存在し、なおかつ変数の間に潜在的な関係が成立しなければ、回帰分析を実行することはできない」と指摘する。フィッシャーの時代には、コンピュータの力に頼ることができなかったため、変数の数が少なく、データ・ポイントの正確さに十分に注意を払うことができた。しかし現在では、ITを活用して数百種類もの変数を扱うことも可能になり、それに対応してデータ・ポイントの数も大幅に増えているのである。
これらのデータ・ポイントのほとんどは、あまり正確ではなく、実際に起こっていることを推測するだけの内容でしかない場合も少なくない。メーカーが販売した商品を基に、消費者が購入した商品を推測するという作業が、その最も一般的な例と言えるだろう。つまり、小売店は、実際に商品が何個売れたかを知っているが、メーカーは、小売店が注文した数しか知ることができず、しかも両者の中間に存在する流通業者が、販売に関する情報の伝達をさらに混乱させているといったケースがきわめて多いのだ。
プロテクター・アンド・ギャンブル(P&G)の物流担当役員たちは、このような力学が需要計画立案にどのような影響を与えるかについて研究している。彼らはデータが販売時点から離れれば離れるほど、データの正確さが低下し、予測ミスが増えるという事実に気が付いたという。
その研究の中でP&Gは、消費者が同社の紙おむつ「パンパース」をかなり規則的なペースで購入しており、小売り業者からの注文もそうした事情を反映しているという事実をつかんだ。注文数は、相対的に起伏の少ない需要と連動しており、変動は緩やかである。だが、中間の流通業者がその緩やかな需要増に対して、商品の在庫数を増やすと、それがP&Gに大きな需要の増加となって押し寄せることになる。そうなると商品の生産数が増え、サプライチェーンの下流に向かって需要の“玉突き現象”が生じ、それが持続することになる。そして最終的に、サプライチェーンにかかわるすべての企業が過剰な在庫を抱えることになってしまうのだ。
POSデータ収集のメリット
需要の過大見積もりを避ける最良の方法は、小売り業者から直接得られるPOSデータを活用することである。POSデータは、消費の正確な尺度であり、予測の信頼性を高めるのに大きく貢献する。
前出のスコッツが需要予測を改善できたのも、POSデータを活用したからである。同社のセングプタ氏は、「POSデータの活用を開始してから、たったの1年で予測の精度を30%以上も高めることができた」と満足げに語る。
スコッツでは、POSデータを活用する前まで、ウォルマートやホーム・デポといった取引先ごとに商品の需要を予測していた。予測情報は、個々の取引先の発注数量を考慮し、それに天候など他の要因を結び付けることによって割り出されていた。だが、この予測方法では、上述した需要の玉突き現象が生じてしまうことや、注文が大量に入った場合に予測ミスを犯すと莫大な損失を招いてしまうといったおそれがあった。
それが現在では、それぞれの小売販路からPOS情報を収集することで、以前よりも予測が正確になったうえ、玉突き現象が生じる危険もほとんどなくなった。さらに、必要に応じて個々の小売り販路に対応した詳細な需要予測をはじき出すこともできるようになったという。このように、規模は小さいものの、正確な予測データを数多く集めることによって、スコッツは全体的に予測ミスの発生率を抑えることに成功した。
だが、実際には、同社のように取引先からPOS情報を得ることのできる企業は限られている。というのも、POSシステムによって製品レベルのデータを集めている企業が少ないうえ、ほとんどの企業がこれまで企業秘密としていたほどに貴重なデータを、外部の企業と共有することに消極的な姿勢を示しているからである。
とはいえ、より良いデータを入手し、それを需要予測の改善のために活用することがまったく不可能というわけではない。例えば、スコッツは、欧州の大口取引先3社からPOS情報を入手することに成功しているが、たとえそれがかなわない場合でも、次善の策を用意している。それが流通センターでの情報収集だ。セングプタ氏は、「我々は、できるかぎり最終消費地点に近い場所から情報を得ようと努力している」と強調する。この情報はPOSデータではないが、少なくとも製品の出荷先と、小売り販路に向けて実際に出荷された商品の数量を把握することは可能であり、従来の注文情報よりもかなり実数に近い(POS データに近い)情報であると言える。しかも、流通センターの出荷日は、スコッツの倉庫の出荷日に比べて、より最終的な販売時点に数日分近いため、ここで得られるデータは、最新の市場トレンドをより正確に反映していると考えることができる。
需要予測システムの精度を高めるために入手可能なデータは、ほかにもある。インペリアル・シュガーの副社長兼CIO、ジョージ・ミュラー氏は、「現在、取引先からの受注情報を、市場情報リポートと組み合わせて活用している。市場情報リポートのデータは、アトランタ地域のスーパーマーケットで売れた砂糖の数量などを示すもので、POSデータに代わる情報として活用している」と語る。このデータは、同社にとって少なくとも市場の現状を把握するための材料にはなっている。
市場の動きをつかむ
たとえ需要予測システムが、100%正確な情報を提供できたとしても、なお問題は残る。それは、過去の情報から未来を予測することはできないということだ。コンピュータが算出した予測情報は、過去のデータを使ってこれから起きることを想定するものであって、大きな市場の変化を予想する手だてとはならないのである。
カナダのスキンケア用品メーカー、ベルベデーレ・インターナショナルは、トロント市で重症急性呼吸器症候群(SARS)患者が発生してから1カ月の間に、手の消毒薬「One Step」を過去1年分以上販売した。当然ながら、このような事態を予測できるシステムは存在しない。したがって同社は、急遽他の製品の生産計画を修正し、One Stepの製造ラインを1日16時間、週6日間稼働させることによって、この需要の急増に対応した。METAグループの技術調査サービス担当副社長、ジーン・アルバレス氏は、「市場の変化を予測することは、天気を予報するのと同じだ。つまり、時折、予測モデルではとらえることのできない出来事が不意に発生する場合があるのである。消費者の味覚や需要においても同じことが言える」と指摘する。
限られた数の変数と正確なデータを使って行う需要予測でさえ、はずれることがある。予測というものは、「昨日妥当であったことは、明日も妥当である」という基本的な前提に立っているからである。一方、変化に関するデータは、その変化自体が発生した後でしか得られない。だからこそ、常に市場の動向を観察し、ビジネスの風向きの変化をいち早く察知できる専門のスタッフが必要なのだ。
前出のバイコーは、現在の景気後退が始まったときに、この専門スタッフの必要性を強く認識した。同社は2002年まで、1993年に開発した独自の予測システムを使用していた。同社CIOのリチャードソン氏は、このシステムのことを、「過去の販売状況を基に、直線的な予測を行うシステム」と呼ぶ。同社の幹部はつい最近まで、この自動予測システムだけを頼りに自社製品に対する需要を予想していたのだ。
リチャードソン氏は、「需要が堅実なペースで伸びていた1990年代には何も問題は起きなかった。だが、ここにきて事業が下降線をたどるようになると、需要予測システムに対する信頼も崩れてしまった」と振り返る。同システムは、景気後退を予測することができなかったのだ。同氏は、「未来が過去と異なる様相を呈したときに、きちんと機能してくれる需要予測ソフトウェアは存在しない」と断言する。
この挫折は、人間の知識を需要予測に織り込む必要性をバイコーに知らしめた。同社は同じような事態を繰り返さないために、販売部門のスタッフと 2002年にアップグレードした需要予測システムから成る、2重の予測プロセスを作り上げた。現在、人とシステムのそれぞれの予測は互いに補完し合っているという。
一方、スコッツは、バイコーとは若干異なるアプローチを採用している。同社は、コンピュータが作成した予測を、いったん予測計画立案担当スタッフに配布し、意見を求めることにしている。そこで、店舗や製品分野に精通しているスタッフたちが、それぞれの経験に照らしながらコンピュータが割り出した予測データを修正するのである。例えば、米国北東部の担当スタッフが、悪天候を理由に予測を下方修正したり、ある店舗で販売促進キャンペーンが計画されているという情報をつかんだスタッフが予測データを上方修正したりといった具合だ。
スコッツでは、計画立案スタッフが最新の情報にアクセスできるように、異例の措置を講じている。なんと、彼らが実際に取引先のオフィスで働くことを認めているのである。実際、ある特定地域のホーム・デポを担当している計画立案スタッフは、そのホーム・デポの仕入れ担当者と同じオフィスで働いている。同社CIOのセングプタ氏は、「計画立案担当スタッフを取引先企業の仕入れ担当者に密着させることで、両者の協力関係が深まる」と語る。
需要予測のあるべき姿
冒頭で紹介したナイキなど、需要予測で失敗してしまった企業の責任は、ひとえにITを過信した幹部たちにあると言える。
例えば、ナイキの株主が同社を相手取って起こしている訴訟の法廷文書によると、同社の役員たちは、深刻な間違いを犯したコンピュータの予測を再検討したり、意見を交換したりするための会議すら開いていなかったという。つまり、ナイキの経営陣はシステムによる予測に依存しすぎた結果、人間が抑制と均衡を働かせるという高レベルのプロセスを無視してしまったわけだ。このことは、膨大な過剰在庫を生み出す要因となった予測データの“誤り”に、役員たちが最後まで気づくことがなかったという事実が証明している。いずれにせよ、彼らが支払った代償は余りにも大きい。同社のスニーカー販売事業は、現在も1億 8,000万ドルの赤字を抱えており、株価も最盛期の3分の2にまで落ち込んだままである。
ナイキの事例は、ITベンダーが自社製品の先進性をいかに強調しようとも、結局、需要予測という仕事は、役員レベルで行うものであるという事実をあらためて認識させるものである。企業の役員ならば、コンピュータがはじき出した予測を再検討し、販売やマーケティングの責任者から上がってくる情報とどの程度一致しているのかを分析したうえで、それらの数字を承認する必要があるのだ。
電気通信機器メーカーのアルカテルでは、役員たちが定期的に会議を開き、コンピュータが示した数字と人間の知識を組み合わせて作成された需要予測を、さらに自分たちで分析して討議を行っているという。
同社CFO(最高財務責任者)のトム・バーンズ氏は、「需要予測に対して最終的な決定を下す会議には、私のほか、サプライチェーン、マーケティング、販売の責任者が加わる。意思決定には全員の承認が必要となる。なぜなら、ここでの判断に、我が社の命運がかかっているからだ」と、人間の判断の重要性を強調する。
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