SCMパッケージソフト 開発勉強日記です。
SCM / MRP / 物流等々情報を集めていきます。
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第5回「ギブ&テイク」が基本精神
情報化を推進する際の基本精神は,「ギブ&テイク」である。情報化プロジェクトの目的を達成するために,従来は入力していなかったデータを現場の担当者に入力してもらうなど,現場部門に負担を負わせるケースがある。この場合は必ず現場になんらかのメリットを与えなければならない。「全社のために大局的に考えてほしい」と言って,現場に犠牲だけを強いるような情報化は長続きしない。
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情報化プロジェクトは従来は得られなかった大きなメリットを獲得しようとして始めるものだ。しかし,情報化の目的として掲げたメリットは,全社・全員に行きわたるものとは限らない。情報化の結果,デメリットを享受する部署や社員も必ず存在する。例えば,情報化に伴って,「業務処理の時間帯の枠が以前より窮屈になった」,「現場の業務負荷が増加した」ということが十分に起こり得る。
それでも企業全体で見てメリットがデメリットを大幅に上回っていれば,情報化を実行すべきである。ただし,情報化に踏み切った時に,デメリットを受ける部署へ,彼らが納得するメリットを与えることを忘れてはならない。
ギブ&テイクに失敗(1)
データの精度が上がらず
製造業のA社は,コスト削減と顧客サービスの向上のために1年前から物流システムの再構築を始め,今年の春から新しい物流システムの運用を開始した。
新システムは,物流を委託している配送会社からA社に送られてきた納品伝票をすべて入力する。この納品情報があれば配送会社から最終的に送られてくる請求書の内容をチェックできるし,配送ルート別のコストまで把握できる。従来は配送会社から来る請求書しか把握できなかった。
ところが,実際にシステムの運用を開始してみると,物流の状況を把握するための管理表に出てくるデータの精度がどうも疑わしい。A社は当初,プログラムの不具合ではないかと考えてチェックしたが特に問題はない。運用体制まで広げてトラブルの原因を調べた結果,データを入力する時にミスが多いことが原因と判明した。
新システムへ納品伝票を入力する作業は,配送会社のドライバと直接接触している出荷現場の社員が担当することになっていた。だが,出荷現場にはキーボードの入力に不慣れな社員ばかりで,しばしば入力ミスが起こった。さらに,出荷現場は夕方の繁忙時や作業のピーク日になると,納品伝票を即時にシステムへ入力できるような時間的なゆとりがまったくなかった。このため,データ入力は翌日にまわされたり,ひどい時には3日後にようやく入力する始末だった。
原因が判明したのでA社の情報システム部は出荷現場に対し,「データ入力のミスが多い」,「データ入力の時期も遅い」と指摘,改善をうながした。ところが,その後も一向にデータ入力の問題は改善されない。情報システム部は再び調査した。
出荷現場の当事者に「忌たんのない意見を言ってくれ」と依頼したところ,次のような回答だった。「今回の新システムを構築する段階で再三申し上げたが,新システムはただでさえ要員不足の出荷現場にさらなる作業増を招くものだ。現場としては不慣れな入力作業を一方的に押し付けられた格好になっている」。
「もちろん管理職として,作業にミスが多かったり,データ入力遅れが発生すると本社の管理部署が困る,と口を酸っぱくして指導している。だが,現場の当事者はたとえミスがあっても自分たちの業務にはなんの支障もないことを知っている。だから,データの精度の改善に今ひとつ真剣になれない」。
情報システム部はいまさら,出荷現場の要員を増やすわけにもいかず,といってデータ入力を容易にするような機器もない,と思案に暮れている。
ギブ&テイクに失敗(2)
現場の作業がやりにくくなった
中堅化学メーカのB社は在庫管理の精度を向上するために,自動倉庫を導入した。まず,製品倉庫について自動化し,製品が自動倉庫から出荷されると,その出荷データが販売管理システムへ伝送され,請求書を発行できる仕組みにした。今まで製品の所在の管理がややいいかげんであったが,今後は正確に管理できるし,請求書を作成するためにいちいちデータを再入力する必要もなくなった。
自動倉庫システムの導入責任者である物流部長は,棚卸作業の負荷も軽減され,在庫データの精度も向上するであろうと相当の期待を込めていた。しかし,実際にシステムを構築してみると現場から不満が噴出した。今まで簡単に対処できていた,イレギュラーな出荷処理がまったくできなくなってしまい,現場の作業がやりにくくなったからだ。
製品によっては製造部門から仕上がってくる時間によって,時には直ちに出荷することもある。極端な場合は,製品を倉庫に入れずに,翌朝の出荷時期までトラックが横付けされる場所の近くに製品を置いておくといったケースもあった。
今までは出荷作業が手作業・手入力であったため,イレギュラーな処理が発生しても臨機応変に対処できていた。ところが,自動倉庫システムを導入した結果,必ず自動倉庫を経由させないと,その製品の出荷データを取れないという仕組みになってしまった。
すなわち,製造直後に出荷する製品についても,わざわざ自動倉庫にいったん入庫してから直ちに出荷しなければならなくなった。それでも,この作業を省くと,自動倉庫システムによる作業負荷の軽減やデータ精度の向上は机上の空論になってしまう。
物流現場も自動倉庫の必要性については十分承知していた。確かに自動倉庫にすれば理論上,在庫管理や棚卸の精度は向上する。将来,B社の製品の製造方法がより多品種小ロットになっていくことは明らかで,そうなると手作業の物流管理は不可能になる。
しかし,現実問題として,現場の作業が増える,イレギュラーな事態に対処できない,といった具合で現場の負担は一方的に増加した。B社の経営にとってはメリットがあっても,現場ではデメリットばかりが目立ってしまう。いずれは製品に続いて,資材についても自動倉庫システムを導入することが経営方針として決まっている。物流部長はどうすれば現場が協力的になってくれるのか苦慮している。
ギブ&テイクに成功
現場に役立つシステムを提供
優秀な技術力で急成長を遂げてきた製造業のC社は,経営管理の手法を従来の売り上げ管理方式から,収益管理指向に改めていくことになった。収益に着目して社内を見直すと,技術力を看板に掲げてきたC社だけあって,研究部門の技術者数が全社員の15%を占めており,研究部門で消化されている経費も相当な額に達していた。
C社の経営者は研究部門で消化されている人件費と経費についても,製品別・顧客別に把握できたら,より有益な収益管理ができると考えた。それには研究者一人ひとりに,研究内容について顧客別・製品別に分けた詳細な作業日報を提出してもらう必要がある。
しかし,従来から技術力をとにかく優先し,作業実績の報告よりも研究成果そのものを優先してきたC社の研究部門で,研究者たちが素直に日報の作成に応じるかどうかは,大いに危惧されるところであった。無理に業務命令として押し付けると,日報は一応集まるかもしれないが,研究者が作業内容や作業時間を正確に書いてくるかどうかはあやしい。
一部の研究者や研究部門の管理職に聞いたところ,「日報を書かせる
ことは可能だが,その精度は疑問だ」という意見が圧倒的だった。原価の把握や収益などに関心が薄い研究員の意識改革を図り,日報の精度の向上を求めるには,相当な期間を要するだろう。
ここでC社に経営管理の方向を収益管理指向に転じることを進言した情報システム・コンサルタントが一つの案を出してきた。研究員たちに正確な作業日報を書かせるという負担を強いる見返りとして,研究員一人ひとりに「研究活動支援PC」と呼ぶパソコンを持たせるというものだった。
名前の通り,このパソコンは研究員の研究活動を支援するのが主な目的で,研究員はサーバーから自分の研究に必要なデータをダウンロードできる。さらにモバイル使用が可能なように各自にPHSも支給し,自宅にいてもサーバーから情報を収集できるようにした。よく利用する帳票類の統一フォーマットをあらかじめサーバーに用意しておき,研究にかかわる事務作業を軽減することも狙った。
しかも,このパソコンで懸案の作業日報が簡単に記述できるようにした。研究者は日報さえ書いておけば,サーバーから研究支援データの供給を受けるときに,サーバーが逆に日報データを自動的に吸い上げる仕組みである。
コンサルタントの提案は研究部門で検討され,大枠として受け入れられるものとして評価された。そこで,研究部門の代表とシステム開発を請負ったこのコンサルタントの両者で詳細なシステム内容の検討が行なわれた。提案から約半年後に「研究活動支援PC」を含む,研究支援情報システムが稼働した。運用を開始してから3カ月目には,研究部門全員の総作業時間の実に95%についてデータを収集できた。
カギは人の気持ちの把握
全社の利益を考えて情報化を推進していくと,情報化の結果,デメリットしか発生しない部署や社員も出てくる。その時「会社全体のメリットのためには当然我慢すべき」という態度で臨めば反発しか起こらない。我慢するからにはするだけの見返りが欲しいのが人間の心情である。情報化を成功させるカギはこうした「人間の気持ちをいかにつかむか」にある。
A社もB社も従来に比べて不慣れな仕事を受け持つ現場のことを配慮し,現場にデメリットを許容してもらえるようなメリットを新システムの設計段階で盛り込んでおくべきだった。もしシステム上で現場にメリットを与えられない場合は,要員を増強するなどの手立てを講じておくとか,物流のイレギュラー処理についての全社見解を明確に決め,他の部署にイレギュラー処理の発生を抑える手立てを考えさせる,といった手段をとる必要があった。
その後,A社は現場の抵抗が強いため,配送会社から来る納品伝票を入力することをやめた。その代わりに事前に配送会社へ出力する「納品依頼一覧表」に工夫をした。この一覧表に製品の重量情報も入れて,予想される請求額をA社のほうで計算してから配送会社に渡すことにした。
配送会社は実際に納品した際に,納入依頼一覧表と大きく異なる重量の製品があった場合だけ,納品伝票をA社に送る。A社はこの伝票だけ把握しておけば,配送会社から請求書が来た場合,先に送った納入依頼一覧表および変更があった納品伝票と付け合わせれば請求書をチェックできる。こうしてA社のデータは徐々に正確になりつつある。
B社は自動倉庫を動かさないでデータを取るわけにはいかず結局,即時に出荷する製品については,自動倉庫だけを動かす形で運用している。しかし,空の自動倉庫を動かすのは明らかにおかしいので,資材倉庫の自動化プロジェクトの際に二つのシステムを合わせて検討し直すことにしている。
一方,C社は「ギブ&テイク」の精神をうまく具現化できたケースである。システム構築の初期段階に,当事者にとって負担増となる部分は何か,その見返りに何が得られるか,といったことを腹を割って話し合ったことが成功につながった。
特に研究員の場合には,新製品の開発につながる研究をしているという自負が強い。このため,原価管理の細かい作業や時間数に言及すれば必ず反発が起こる。こうした研究員の心情を勘案し,研究に役立つ道具を提供することによって,もっと緻密な研究が可能になるというアプローチで研究員を説得したことが功を奏した。
C社のケースには後日談がある。作業時間補足率は95%という抜群の成果を収めたが,データを分析してみると,主要な作業以外はすべて「その他」という項目にまとめられており,「その他」がどういう作業を指すのかは研究員個人に依存していた。
「その他」は作業時間の中で大きな割合を占める。この内容を分析するために,C社は次の計画を立てた。研究員の一人にリーダーになってもらい,「せっかくここまで作業時間と内容がつかめたのだから,もっと細かく自分たちが何をやっているかを知ろう」と研究員に呼びかけた。その結果,「その他」の内訳を決めるための作業標準化の動きが自主的に出てきた。ここで決まった項目をシステムに追加し,C社は現在,「その他」の内訳データを収集中である。
著者プロフィール
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岩井 孝夫(いわい たかお) takao.iwai@crest-con.co.jp
中央大学商学部会計・経営学科卒,1964年に日本ユニバック入社。金融営業部長,複合システム営業部長,コンピュータグラフィックス事業部長を歴任。87年に日本DEC企画本部マーケティング部長に就任。89年にクレストコンサルティングを設立。現在,代表取締役副社長兼シニアコンサルタント。経営や業務と乖離しない情報システムを構築するための上流工程のコンサルティングを担当
加藤 三智子(かとう みちこ) kato@crest-con.co.jp
国際基督教大学教養学部卒。タイムライフブックス,センチュリー21・ジャパン,日本アライアントコンピュータなどで,企画・広告宣伝・広報・教育・研修業務に携わる。90年,クレストコンサルティングに移籍。シニアコンサルタントとして,利用部門などコンピュータの専門家ではない立場のユーザーが分かりやすい情報システムのあり方・導入方法のコンサルティングを担当。マニュアル作成・研修も手掛ける
※本記事は日経コンピュータに連載されたコラムを再掲したものです。連載分をまとめた書籍がクレストコンサルティングから入手可能です。
情報化を推進する際の基本精神は,「ギブ&テイク」である。情報化プロジェクトの目的を達成するために,従来は入力していなかったデータを現場の担当者に入力してもらうなど,現場部門に負担を負わせるケースがある。この場合は必ず現場になんらかのメリットを与えなければならない。「全社のために大局的に考えてほしい」と言って,現場に犠牲だけを強いるような情報化は長続きしない。
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情報化プロジェクトは従来は得られなかった大きなメリットを獲得しようとして始めるものだ。しかし,情報化の目的として掲げたメリットは,全社・全員に行きわたるものとは限らない。情報化の結果,デメリットを享受する部署や社員も必ず存在する。例えば,情報化に伴って,「業務処理の時間帯の枠が以前より窮屈になった」,「現場の業務負荷が増加した」ということが十分に起こり得る。
それでも企業全体で見てメリットがデメリットを大幅に上回っていれば,情報化を実行すべきである。ただし,情報化に踏み切った時に,デメリットを受ける部署へ,彼らが納得するメリットを与えることを忘れてはならない。
ギブ&テイクに失敗(1)
データの精度が上がらず
製造業のA社は,コスト削減と顧客サービスの向上のために1年前から物流システムの再構築を始め,今年の春から新しい物流システムの運用を開始した。
新システムは,物流を委託している配送会社からA社に送られてきた納品伝票をすべて入力する。この納品情報があれば配送会社から最終的に送られてくる請求書の内容をチェックできるし,配送ルート別のコストまで把握できる。従来は配送会社から来る請求書しか把握できなかった。
ところが,実際にシステムの運用を開始してみると,物流の状況を把握するための管理表に出てくるデータの精度がどうも疑わしい。A社は当初,プログラムの不具合ではないかと考えてチェックしたが特に問題はない。運用体制まで広げてトラブルの原因を調べた結果,データを入力する時にミスが多いことが原因と判明した。
新システムへ納品伝票を入力する作業は,配送会社のドライバと直接接触している出荷現場の社員が担当することになっていた。だが,出荷現場にはキーボードの入力に不慣れな社員ばかりで,しばしば入力ミスが起こった。さらに,出荷現場は夕方の繁忙時や作業のピーク日になると,納品伝票を即時にシステムへ入力できるような時間的なゆとりがまったくなかった。このため,データ入力は翌日にまわされたり,ひどい時には3日後にようやく入力する始末だった。
原因が判明したのでA社の情報システム部は出荷現場に対し,「データ入力のミスが多い」,「データ入力の時期も遅い」と指摘,改善をうながした。ところが,その後も一向にデータ入力の問題は改善されない。情報システム部は再び調査した。
出荷現場の当事者に「忌たんのない意見を言ってくれ」と依頼したところ,次のような回答だった。「今回の新システムを構築する段階で再三申し上げたが,新システムはただでさえ要員不足の出荷現場にさらなる作業増を招くものだ。現場としては不慣れな入力作業を一方的に押し付けられた格好になっている」。
「もちろん管理職として,作業にミスが多かったり,データ入力遅れが発生すると本社の管理部署が困る,と口を酸っぱくして指導している。だが,現場の当事者はたとえミスがあっても自分たちの業務にはなんの支障もないことを知っている。だから,データの精度の改善に今ひとつ真剣になれない」。
情報システム部はいまさら,出荷現場の要員を増やすわけにもいかず,といってデータ入力を容易にするような機器もない,と思案に暮れている。
ギブ&テイクに失敗(2)
現場の作業がやりにくくなった
中堅化学メーカのB社は在庫管理の精度を向上するために,自動倉庫を導入した。まず,製品倉庫について自動化し,製品が自動倉庫から出荷されると,その出荷データが販売管理システムへ伝送され,請求書を発行できる仕組みにした。今まで製品の所在の管理がややいいかげんであったが,今後は正確に管理できるし,請求書を作成するためにいちいちデータを再入力する必要もなくなった。
自動倉庫システムの導入責任者である物流部長は,棚卸作業の負荷も軽減され,在庫データの精度も向上するであろうと相当の期待を込めていた。しかし,実際にシステムを構築してみると現場から不満が噴出した。今まで簡単に対処できていた,イレギュラーな出荷処理がまったくできなくなってしまい,現場の作業がやりにくくなったからだ。
製品によっては製造部門から仕上がってくる時間によって,時には直ちに出荷することもある。極端な場合は,製品を倉庫に入れずに,翌朝の出荷時期までトラックが横付けされる場所の近くに製品を置いておくといったケースもあった。
今までは出荷作業が手作業・手入力であったため,イレギュラーな処理が発生しても臨機応変に対処できていた。ところが,自動倉庫システムを導入した結果,必ず自動倉庫を経由させないと,その製品の出荷データを取れないという仕組みになってしまった。
すなわち,製造直後に出荷する製品についても,わざわざ自動倉庫にいったん入庫してから直ちに出荷しなければならなくなった。それでも,この作業を省くと,自動倉庫システムによる作業負荷の軽減やデータ精度の向上は机上の空論になってしまう。
物流現場も自動倉庫の必要性については十分承知していた。確かに自動倉庫にすれば理論上,在庫管理や棚卸の精度は向上する。将来,B社の製品の製造方法がより多品種小ロットになっていくことは明らかで,そうなると手作業の物流管理は不可能になる。
しかし,現実問題として,現場の作業が増える,イレギュラーな事態に対処できない,といった具合で現場の負担は一方的に増加した。B社の経営にとってはメリットがあっても,現場ではデメリットばかりが目立ってしまう。いずれは製品に続いて,資材についても自動倉庫システムを導入することが経営方針として決まっている。物流部長はどうすれば現場が協力的になってくれるのか苦慮している。
ギブ&テイクに成功
現場に役立つシステムを提供
優秀な技術力で急成長を遂げてきた製造業のC社は,経営管理の手法を従来の売り上げ管理方式から,収益管理指向に改めていくことになった。収益に着目して社内を見直すと,技術力を看板に掲げてきたC社だけあって,研究部門の技術者数が全社員の15%を占めており,研究部門で消化されている経費も相当な額に達していた。
C社の経営者は研究部門で消化されている人件費と経費についても,製品別・顧客別に把握できたら,より有益な収益管理ができると考えた。それには研究者一人ひとりに,研究内容について顧客別・製品別に分けた詳細な作業日報を提出してもらう必要がある。
しかし,従来から技術力をとにかく優先し,作業実績の報告よりも研究成果そのものを優先してきたC社の研究部門で,研究者たちが素直に日報の作成に応じるかどうかは,大いに危惧されるところであった。無理に業務命令として押し付けると,日報は一応集まるかもしれないが,研究者が作業内容や作業時間を正確に書いてくるかどうかはあやしい。
一部の研究者や研究部門の管理職に聞いたところ,「日報を書かせる
ことは可能だが,その精度は疑問だ」という意見が圧倒的だった。原価の把握や収益などに関心が薄い研究員の意識改革を図り,日報の精度の向上を求めるには,相当な期間を要するだろう。
ここでC社に経営管理の方向を収益管理指向に転じることを進言した情報システム・コンサルタントが一つの案を出してきた。研究員たちに正確な作業日報を書かせるという負担を強いる見返りとして,研究員一人ひとりに「研究活動支援PC」と呼ぶパソコンを持たせるというものだった。
名前の通り,このパソコンは研究員の研究活動を支援するのが主な目的で,研究員はサーバーから自分の研究に必要なデータをダウンロードできる。さらにモバイル使用が可能なように各自にPHSも支給し,自宅にいてもサーバーから情報を収集できるようにした。よく利用する帳票類の統一フォーマットをあらかじめサーバーに用意しておき,研究にかかわる事務作業を軽減することも狙った。
しかも,このパソコンで懸案の作業日報が簡単に記述できるようにした。研究者は日報さえ書いておけば,サーバーから研究支援データの供給を受けるときに,サーバーが逆に日報データを自動的に吸い上げる仕組みである。
コンサルタントの提案は研究部門で検討され,大枠として受け入れられるものとして評価された。そこで,研究部門の代表とシステム開発を請負ったこのコンサルタントの両者で詳細なシステム内容の検討が行なわれた。提案から約半年後に「研究活動支援PC」を含む,研究支援情報システムが稼働した。運用を開始してから3カ月目には,研究部門全員の総作業時間の実に95%についてデータを収集できた。
カギは人の気持ちの把握
全社の利益を考えて情報化を推進していくと,情報化の結果,デメリットしか発生しない部署や社員も出てくる。その時「会社全体のメリットのためには当然我慢すべき」という態度で臨めば反発しか起こらない。我慢するからにはするだけの見返りが欲しいのが人間の心情である。情報化を成功させるカギはこうした「人間の気持ちをいかにつかむか」にある。
A社もB社も従来に比べて不慣れな仕事を受け持つ現場のことを配慮し,現場にデメリットを許容してもらえるようなメリットを新システムの設計段階で盛り込んでおくべきだった。もしシステム上で現場にメリットを与えられない場合は,要員を増強するなどの手立てを講じておくとか,物流のイレギュラー処理についての全社見解を明確に決め,他の部署にイレギュラー処理の発生を抑える手立てを考えさせる,といった手段をとる必要があった。
その後,A社は現場の抵抗が強いため,配送会社から来る納品伝票を入力することをやめた。その代わりに事前に配送会社へ出力する「納品依頼一覧表」に工夫をした。この一覧表に製品の重量情報も入れて,予想される請求額をA社のほうで計算してから配送会社に渡すことにした。
配送会社は実際に納品した際に,納入依頼一覧表と大きく異なる重量の製品があった場合だけ,納品伝票をA社に送る。A社はこの伝票だけ把握しておけば,配送会社から請求書が来た場合,先に送った納入依頼一覧表および変更があった納品伝票と付け合わせれば請求書をチェックできる。こうしてA社のデータは徐々に正確になりつつある。
B社は自動倉庫を動かさないでデータを取るわけにはいかず結局,即時に出荷する製品については,自動倉庫だけを動かす形で運用している。しかし,空の自動倉庫を動かすのは明らかにおかしいので,資材倉庫の自動化プロジェクトの際に二つのシステムを合わせて検討し直すことにしている。
一方,C社は「ギブ&テイク」の精神をうまく具現化できたケースである。システム構築の初期段階に,当事者にとって負担増となる部分は何か,その見返りに何が得られるか,といったことを腹を割って話し合ったことが成功につながった。
特に研究員の場合には,新製品の開発につながる研究をしているという自負が強い。このため,原価管理の細かい作業や時間数に言及すれば必ず反発が起こる。こうした研究員の心情を勘案し,研究に役立つ道具を提供することによって,もっと緻密な研究が可能になるというアプローチで研究員を説得したことが功を奏した。
C社のケースには後日談がある。作業時間補足率は95%という抜群の成果を収めたが,データを分析してみると,主要な作業以外はすべて「その他」という項目にまとめられており,「その他」がどういう作業を指すのかは研究員個人に依存していた。
「その他」は作業時間の中で大きな割合を占める。この内容を分析するために,C社は次の計画を立てた。研究員の一人にリーダーになってもらい,「せっかくここまで作業時間と内容がつかめたのだから,もっと細かく自分たちが何をやっているかを知ろう」と研究員に呼びかけた。その結果,「その他」の内訳を決めるための作業標準化の動きが自主的に出てきた。ここで決まった項目をシステムに追加し,C社は現在,「その他」の内訳データを収集中である。
著者プロフィール
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岩井 孝夫(いわい たかお) takao.iwai@crest-con.co.jp
中央大学商学部会計・経営学科卒,1964年に日本ユニバック入社。金融営業部長,複合システム営業部長,コンピュータグラフィックス事業部長を歴任。87年に日本DEC企画本部マーケティング部長に就任。89年にクレストコンサルティングを設立。現在,代表取締役副社長兼シニアコンサルタント。経営や業務と乖離しない情報システムを構築するための上流工程のコンサルティングを担当
加藤 三智子(かとう みちこ) kato@crest-con.co.jp
国際基督教大学教養学部卒。タイムライフブックス,センチュリー21・ジャパン,日本アライアントコンピュータなどで,企画・広告宣伝・広報・教育・研修業務に携わる。90年,クレストコンサルティングに移籍。シニアコンサルタントとして,利用部門などコンピュータの専門家ではない立場のユーザーが分かりやすい情報システムのあり方・導入方法のコンサルティングを担当。マニュアル作成・研修も手掛ける
※本記事は日経コンピュータに連載されたコラムを再掲したものです。連載分をまとめた書籍がクレストコンサルティングから入手可能です。
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